宮崎駿(みやざき はやお)さんですが、1971年には、
あの「ルパン三世」のテレビアニメの制作に携わりました。
宮崎駿監督が演出を務めた、テレビシリーズの『ルパン三世』をご紹介します。
宮崎監督といったら、なにしろ長編監督デビュー作が『ルパン三世 カリオストロの城』
ということが有名ですけども、実はテレビシリーズでは『ルパン三世 Part1』から
アニメーターとして参加し、演出にも高畑勲さんと共にAプロのチームとして携わっています。
『ルパン三世 Part2』では、単独で2本の演出を務めました。
その作品というのが、第145話『死の翼アルバトロス』と、
第155話『さらば愛しきルパンよ』です。
当時は、宮崎駿という本名は使っておらず、「照樹務(てれこむ)」名義で、脚本・演出・絵コンテを担当しました。
「ルパン三世」は低視聴率
ところで、宮崎さんといえば、「ルパン三世 カリオストロの城」を
思い起こす方もいると思いますが、そもそも、「ルパン三世」は、
1971年、「日本初の大人向けアニメ」として制作されたのですが、
当時、アニメは、作りさえすれば、そこそこの視聴率が取れた時代だったにもかかわらず、
ルパンと峰不二子のからみや、退廃的な世界観など、
アダルトな雰囲気が漂う第1シリーズは、1970年代の
家庭の倫理観にはそぐわなかったようで、お茶の間には受け入れられず、
視聴率は低調を極め(最低視聴率は3%)、いつ打ち切りとなっても
おかしくない状況だったのです。
「ルパン三世」を宮崎駿&高畑勲で再生へ
そんな中、「東京ムービー」の藤岡社長と、演出を担当していた大隅正秋(現・おおすみ正秋)さんの間で、今後、ルパンを、このまま大人向けアニメとして継続するのか、
子ども向けアニメに転換するかで、意見が衝突し、最終的には、大隅さんが降板となり、
ルパンは後任が決まらないまま、宙ぶらりんの状態に陥ってしまいます。
そこで、苦境に立たされた作画監督の大塚康生さんが、
宮崎さんと高畑勲さんの二人に演出を依頼されたのでした。
「ルパン三世」再放送でブレイク
この時期、ハングリーで、青二才だった宮崎さんは、
自分と同じハングリーなルパンに共感し、好き放題に制作しました。
そして、シラケ世代の遊び人であるルパン三世というキャラクターを
番組途中で変更し、熱血で貧乏人の若者(宮崎さんの分身)に作り変えたのです。
「はじめてルパンの漫画を読んだときに、おもしろいと思ったんです。
その頃、自分も30になる前で・・あの、”やけくそな”ハングリーな気分だったと思うんですよ。
ルパンが青二才から必死になって売り出そうとしているっていう感じだったんですね。
それは、まさに山田康雄もそうだったし。」
宮崎さんらが、原作の影響が強いハードボイルドだった作風を、ハードボイルドな部分は残しつつ、コミカルな要素を融合させるなど、徐々に低年齢層向けに変更し、キャラクターの性格も変更すると、
視聴率は、9%と当初よりは向上するも、やはり、一家団らんでテレビを観ていた当時のお茶の間には受け入れられず、結局、約半年後、23話で放送が打ち切りとなってしまったのですが・・・
その後、各局で頻繁に再放送されると、じわじわと人気に火が付き、数年後には、夕方枠だったにもかかわらず、局によっては、20%という異例の視聴率を記録。
これを受けて、第2シリーズが制作されると、第2シリーズもヒットします。
それ以降、
映画「ルパン三世 ルパンVS複製人間」(1978年)
「ルパン三世 カリオストロの城」(1979年)
など、新作が次々と制作されました。
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宮崎駿製作の「ルパン三世」への批判
宮崎駿監督とルパン3世に関する批判は、一部の人々から出されています。
彼の作風やアニメの描写方法に対して、批判的な意見があることは事実です。
特に、宮崎駿監督のファンである人々からは、
彼のスタイルとルパン3世との組み合わせに対して疑問や不満が出されることもあります。
ただし、宮崎駿監督の作品やルパン3世のアニメには、
多くの人が楽しんでいるという事実もあります。
批判的な意見は主観的なものであり、それぞれの個人の好みや視点によって異なることがあります。
一言でいえば、宮崎駿監督は、ルパン三世にあまりに感情移入し、
自己同一化したために、後にルパンを作れなくなったり、
他人が作ったルパン批判を行ったり、ペンネームで制作したりという事態になったと思われます。
ここに掲載している文章を読んでもらえれば、宮崎駿監督が、どれほど熱くルパンを語っているか、誰でもわかるでしょう。
結局のところ、宮崎駿監督は、本当にルパン三世を愛していたのだと思います。おそらく、誰よりも・・
少しでも参考になれば嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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