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江戸時代の知恵をとりれればリサイクルやSGDsの循環社会が実現できる

ビジネス
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ゆず子

SDGs(持続可能な開発目標)って学校で習ったけど・・これって昔からなかったの?

 

こういった疑問に答えます。

 

昔の日本はSDGsを実行していた!?完全循環型社会『江戸時代』エド?→【エコ】

 

 

 

TOM

最近、SDGs3Rという言葉をよく耳にするな。と思った事はありませんか?

 

資源の資源の無使用(ルデュース)、再使用(リユース)、再資源化(リサイクル)

 

などをして、資源を循環して生活する社会”循環型社会”を目指す試みの一つでもあるんですね。

 

私たちの住んでいる日本が、”過去に目指すべき循環型社会をほぼ完璧な形で形成していた”
事はご存知ですか?

 

それが『江戸時代』なんです。

 

今回はそのエコ時代とも呼ばれる『江戸時代』が”どんな循環型社会だったか”をまとめました、それでは最後までお付き合いください。

 

結論からお話しします。

☑️江戸は「もったいない精神」からのSDGsだった。

☑️排泄物なども循環社会の対象だった。

 

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江戸時代はすでに『もったいない精神』の循環社会だった

 

江戸時代は一般的に1603年の江戸幕府の会幕をもって始めとするので、江戸時代が始まったのは今から419年前です。

もちろん今の時代とは違い『エネルギー』という概念は存在せず、それに頼った生活さえも考えられてはいませんでした。

その為、当時の江戸時代では、もったいない精神のもと、自然界における恵、そして衣食住全てにおいて3R、リサイクルが行われている完全な循環型社会だったのです。

徳川家康が豊臣秀吉を打ち破り長い戦国時代を終わらせ、天下統一を果たし江戸幕府を会幕しました。

徳川幕府は日本を鎖国にしたため、資源の出入りやエネルギーを生み出す西洋文明がありませんでした。その為日本は、生活に使うほぼ全てを、自然の資源(植物)に頼らざるを得なかったのです。

この頃の日本人の思想には『資源は常に有限なもの』というものが根底にあり、資源の再利用や再資源化する循環型社会を形成することも生きていく上で当たり前の事だったのです。

 

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江戸時代のエコ生活

江戸に住む人々は色々な知恵や工夫を駆使して生活をしていました。

その根源は『もったいない精神』から『循環型社会』を形成し、自分たちにも環境にも優しい社会を目指して作っていたのです。

 

江戸時代の暑さ対策

①『打ち水』

 

江戸時代は寒さをしのぐよりも、暑さを避ける方が大変でした。
寒さは衣服を着込んだり、囲炉裏や火鉢を囲むことで解消できましたが、冷房機などのない当時では物理的に『寒冷』を作り出すことができません。

 

その中で生まれた知恵が『打ち水』です。

 

当時の江戸の人たちは夕方になると打ち水をし、縁側で夕涼みをしていたという記録があります。
皆様も打ち水をしたことがある人はわかると思いますが、これがなんとも気持ちがいいのです。

こういった工夫を当時の人は知っていたのでしょうね。

②『風通しのいい住まい』

 

当時の民家は間口を大きく、そして多くつくることで『風が最大限に通る』作りがなされてい他のです。

家の立つ方向や玄関の向きなどにも気を配り、より涼しく、より日光が入る方角を選んでいました。また、当時ポピュラーであった、暖簾なども日光を防ぎ風を通す工夫から生まれたものです。

このような、気候に対して浪費するエネルギーを0で過ごす工夫を当時の人々はしていたんです。

徹底した着物のリサイクル活動

『一切の無駄がない着物文化』

 

着物は、長い一反の織物からつくる為、他の外国と違い”体に合わせて裁断”する事はしません。

無駄な使い残しがなく、サイズも調節可能です。その為、兄弟間で再使用でき、ボロくなれば寝巻き、おむつ、当て布、雑巾などと使っていき、最後は風呂釜の燃料などにされ、灰になっても畑の肥料や麹菌の増殖などに使われ、完璧で徹底した循環が行われていました。

髪の毛のリサイクル

あなたはブラシなどに絡みついた抜け毛をどうしていますか?

江戸の人たちは、こうした抜け毛を大切にとっておいたのです。

 なぜかというと「落ちはないか」という声とともに『おちゃない』と呼ばれる女性が町内を回ってきて、抜け毛を買い取ってくれるからなのです。

 

現代の時間でいうと午後2時ごろ、集めた髪の毛を入れた風呂敷を頭の上にのせて、町内を回って抜け毛を集めます。

買い取り金額についてはよくわかりませんが、子どもの飴玉代くらいにはなったのではないでしょうか。

買い取った髪は「かもじ」といって、女性が髪を結う時につかう付け毛として使用されたのです。
歌舞伎役者が被るかつらにも使用されたといいます。
女役だけでなく男役のかつらもあったから、男性のあまり長くない髪はこうしたかつらに使われたようです。

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江戸の商人たちのSDGsの取り組み

江戸の商人たちも同様、様々な循環社会を形成しています。

そしてこのシステムこそが、報酬となると同時に様々な社会貢献に無自覚ながら役立っているのです。

うんち・おしっこも循環していた?!

江戸時代のトイレ事情は他の諸外国と比べ非常に衛生的だったのをご存知でしたか?

その理由は、うんち・おしっこ(排泄物)に価値を見出し、それを循環システムに組み込んでいたからなのです。

発酵させたうんち・おしっこ(排泄物)は非常に質のいい肥料として扱われていて、田畑をはじめとする農業が盛んな日本では、立派な資源として扱われていました。

 

うんち・おしっこをくみ取る人買い取る人にとってのBIGビジネスになっていたのです。

 

江戸時代の町には、あちらこちらトイレが設置されていて、うんち・おしっこ(排泄物)が価値あるものとして使用されていたからこそ江戸全体が衛生的に保たれていたんですね。

 

「紙屑買い」ビジネス

江戸の町は『ごみ』がほとんど落ちておらず、非常に衛生的な町だったと言われています。

それはなぜか?

その理由はゴミに価値があったからです。

例えば木屑は燃料になる為銭湯に売ることができますし、紙屑は再生紙の原料として買い取ってもらえます。それを仲介する『紙屑買い』や『木拾い』などがおり、立派な商売として確立されていたのです。

大きな籠を背負って声を上げながら町内を回る。

江戸の場合、着流しに尻端折り(しりはしょり)で秤と大きな風呂敷を手に持っていました。
古着や書き損じた紙、折れた火箸や錆びたハサミ、包丁といった古金属、古器物など、身の回りの不用品を秤で計って買い取っていました。

 

買い取ったものは、古着なら古着、紙ならば紙とより分けて、古着は古着屋などに売る。屑屋が買い取ったものの中で一番高額で売れたのは古金属だったといいます。

さて、くず屋の名前にもなった紙屑ですがだが、これは「立場」と呼ばれていた紙屑問屋に持ち込見ます。
紙屑問屋から再生紙業者へと渡りますが、浅草に再生紙業者が集中していたことからこうした再生紙を浅草紙と呼んでいました。今でいうところのトイレットペーパーです。

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まとめ

今回は『江戸時代の循環型社会』について記事にさせていただきましたが、

いかがだったでしょうか?

実は江戸時代の取り組みは理にかなっていて、今のSDGsの取り組みをほぼ完璧に近い形で実践しています。

エコ、リサイクル、フードロス、水の安全、つくる責任。などなど。

もしかしたら、これからの地球をよくするヒントは、私たちの”江戸の時代”にあるのかもしれません。これから江戸時代の生活についても投稿していこうと思います。

少しでも参考になれば嬉しいです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

 

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